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作家・評論家の藤本義一さん死去 [小説家]

直木賞作家の藤本義一さん死去 「11PM」司会でも人気      (2012/10/31     産経新聞)

直木賞作家でテレビ番組「11PM」の司会でも知られた藤本義一(ふじもと・ぎいち、本名=藤本義一=ふじもと・よしかず)さんが30日午後、肺がんのため亡くなった。79歳だった。

 大阪府堺市出身。大阪府立大学経済学部在学中からシナリオなどを手掛け、ラジオドラマ「つばくろの歌」で昭和32年度芸術祭文部大臣賞を受賞。卒業後は宝塚映画に入り、シナリオを執筆。映画監督、川島雄三に師事し、37年から放送作家として独立して「法善寺横丁」などを執筆した。40年から読売テレビ系の深夜番組「11PM」の司会者を務め、平成2年の最終回まで25年、2520回にわたって出演した。

 昭和44年から大阪弁と上方的な発想を生かした軽妙な作風の小説を発表し、49年に「鬼の詩」で第71回直木賞を受賞。また、漫才集団「笑の会」を主宰し、上方の若手漫才師や漫才作家の育成にあたった。その一方、平成7年の阪神大震災で親を亡くした遺児の心のケアにも取り組み、11年、兵庫県芦屋市にケア施設「浜風の家」をオープンし、理事長を務めた。

 他の主な著作に「生きいそぎの記」「元禄流行作家-わが西鶴」「殺られ」「白い血が流れる」「はぐれ刑事」「贋芸人抄」など。日本放送作家協会関西支部長も務めた。

 藤本さんは数年前からがんを患っていたが、容体が悪化。約1カ月前から西宮市内の病院に入院していたが、30日朝に急変したという。

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直木賞作家の藤本義一さんが死去されました。 藤本義一さんっておしゃれな評論家でしたね、中学生の頃こっそり見ていた11PMが懐かしいですwww 内容は記憶に無いんですけどね、大橋巨泉さんとはいいコンビだったと思いますね…一時期はバラエティー番組でもゲストで出演されていたような。 ご冥福をお祈りいたします。


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日本の偉大なるSF作家逝く [小説家]

無類の愛妻家の関西のおっちゃん[小松左京さん死亡]   (2011/07/28   産経新聞)

 SF界の巨星が落ちた。衝撃的な代表作「日本沈没」などの著書をはじめ、日本の文壇に大きな足跡を残した巨人で、小柄だけれど威風堂々たる体(たい)躯(く)。恐いイメージが先行したが、実際に会ってみると、たばことお酒が大好きで、無類の愛妻家の関西のおっちゃんだった。

 仕事の話は早々と済ませると、行きつけのスナックへ。そこはさまざまなジャンルの人たちが集う“小松サロン”で、おもしろいものやみんなで楽しめることが大好きな小松さんの、交友の広さと博学多才ぶりが際立った。

 実は、小松さんのデビューが小説家としてではなく、「漫画家モリ・ミノル」だったこと。手塚治虫さんの作品を見て、あまりの絵のうまさに“こりゃ、かなわん”と、漫画を描くのをやめたこと。最初の書き下ろしのSF小説「日本アパッチ族」は、奥さまを楽しませるために書き下ろしたこと…など、すべてをウンチクたっぷりに話された。そして、興が乗った最後は得意のシャンソンが締めくくりになった。

 東京へ居を移さず、関西をベースに活動を続けたことについては、「東京に行くと『作家先生』になってしまう。大阪の庶民性に根付いた人情や風土がモノを書くにはいい」というほかに、「初めてローンを組んで家を買った」家庭の事情が大きかったようだ。そこには美人の奥さまがいる。

 小松さんにとって奥さまはどんな存在ですか? と、ぶしつけに聞いたことがあるが、「さぁ、知りまへんなー」とたばこをくゆらせて、逃げられた。後年、車いす生活になった小松さんを在宅介護していた奥さまが、「今が一番幸せなの。小松と一緒にいられる時間が増えたんですもの」と微笑まれた姿を思い出す。超多忙な時代が長かったあと、最後の数年は幸せな“夫婦の時間”を過ごされたのだろうと思う。合掌。

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恥ずかしながら…小松左京氏がご存命だったこと知らなかったです(><) ご冥福をお祈りいたします。

訃報を新聞で知って80歳だったと、「日本沈没」という小説があまりにも有名でその後の作品にピンとこなかった。

「日本沈没」というパニック映画を何度も見たせいか、今年の3・11東日本大震災が「日本沈没」にダブって見えてしまったんですょね、これは現実か!と。

スポニチで、小松左京さんの東日本大震災についてのコメントが紹介されていました。

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「日本沈没」の小松左京さんが死去   (2011/07/28  スポニチ)

 「日本沈没」「復活の日」などのSF小説や文明論で知られる作家の小松左京(こまつ・さきょう、本名実=みのる)さんが26日午後4時36分、肺炎のため大阪府箕面市の病院で死去した。80歳。大阪市出身。葬儀・告別式は近親者のみで済ませた。

 小松さんの事務所によると、今月8日に体調を崩して入院、26日に容体が急変した。亡くなる直前に東日本大震災について「この危機は必ず乗り越えられる。日本は必ずユートピアを実現できると思う。日本と日本人を信じている」と話していたという。

 京大文学部卒。多くの職業を経て、1962年作家デビューし「日本アパッチ族」でSF界の旗手に。大ベストセラーになった「日本沈没」「さよならジュピター」など多くの作品で人気を博した。

 旺盛な好奇心と博識で、未来学・文明論にも積極的に発言。大阪万博、国際花と緑の博覧会などの企画に携わった。座談やテレビでも活躍、飾らない人柄で人気を集めた。

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小松左京さんの最後の言葉を、日本政府はやり遂げなくてはならないと思う!


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